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第6巻【近世・近代・現代編】- 第4章:教育・学校

第4節:社会教育

グループ花『学習の記録 「森」をテキストとして』出版を祝って

関根茂章 

 縫田先生が国立婦人教育会館の初代館長としてその基礎づくりに多忙の日々を送って居られる時、私は地元の町長でした。そして心臓強く、わが町の婦人を是非ご指導いただきたい、年に二−三回でも結構ですからとお願いしました。日本の第一級の方である上に、その素晴らしい人柄を心から尊敬していたからです。
 私は常々よいまち(くに)とは、よい人の住むところであると信じています。よい人とは自己を高めることに、真実を求めることに厳しく、他人を思いやることにあたたかい心をもっている人であると思っています。
 わが町の婦人を縫田先生の人柄に触れさせよう。ここから新しい文化が築かれてゆく。こう念願いたしました。
 幸い先生のご厚志により「グループ花」の誕生となりました。昭和五十五年(1980)四月でありました。
 以来十一年余、倦むことなく学習が続けられて来ました。この間、明治、大正、昭和の何人かの女性の生きざまが社会的、女性史的視点から追求され、学ぶことの苦しさと楽しさを味わわれてこられました。そして開設十年を記念する今回の「森」の学習成果の刊行となったわけであります。それは地道な努力の足跡であり、メンバーによる手づくりの文化の創出であります。そしてまた真の文化を探求する旅程の一里塚ではないかと考えられます。
 歩みつづけてこられた学習の旅程を、全くの奉仕の中でいつも深い愛情を以ってお導き下された縫田先生の学恩に対し、また熱心にとりくんでこられたメンバーの努力に対し、心からの敬意を表する次第です。そして、この間に結ばれた学縁は各々の人生に於ける最大の宝物ではないかと察する次第です。
 ドフトエフスキーが一八六一年、聖ペテルブルグの自由闊達な雰囲気の中で、数人の仲間とヴレーミヤ(時代)という雑誌を創刊しました。このグループはポチヴエンニキ(土に根を下ろした人々)と称しました。固有の大地にしっかりと根を下ろした時、或いはしつかりと根を下ろした人々からのみ、真の生命力を獲得することができると強調しています。
 「グループ花」は嵐山の、埼玉の、日本のポチヴエンニキ、しっかりと大地に根を下ろした人々のグループであってもらいたいと、心から期待しています。

『学習の記録 「森」をテキストとして』グループ花, 1992年(平成4)2月
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