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第6巻【近世・近代・現代編】- 第4章:教育・学校

第4節:社会教育

婦人のページ

講座百人一首から「おもい草」誕生

 「おもい草」その名もゆかしくここに一冊の文集が生まれた。参加したそれぞれの人の想いがこめられて綴られている。
 昭和五十六年(1981)四月嵐山町教育委員会主催の文学講座百人一首の会が持たれて三年目、当初百名を上回った受講生も変遷の後、現在許された状況の中で本当に勉強したい人八十八名を数える熱心なグループである。
 幼い日に意味も分からず口ずさんだ歌を、古典文学に造詣の深い坂戸市立図書館長、飯高節子先生を迎えて、一ヵ月に一度、字句の解釈・文法・本歌・鑑賞まで、お口をついて出る流麗な言葉についノートをとる手も忘れがちになるほど楽しいひとときである。
 昨年秋好きな歌一首としての感想文を書いたがせっかくの機会ということで文集作成となった。文章を書くのは初めてという受講生も多い中で、専門的な理解と独自の見解を記した人、幼い日への郷愁を綴った人、今は訪うべくもない外地体験と重ねた想いなど、人柄をほうふつとさせて味わいが深い。
 百人一首を学ぶことで日本人の美意識・無常観などに対する認識で奥深い古典の勉強の入り口に立った感じである。これからも何らかの形で勉強は続けたいと思っている人は多い。
(報道編集委員・中山記) 

『嵐山町報道』315号「婦人のページ」 1983年(昭和58)7月30日
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