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第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌

第10節:嵐山町誌

四、村の地名

第5節:特殊な地名

地形地物によるもの

▽曾利町

 「沿革」中寛文八年の鎌形村御検地帳を見ると、上、中、下、下々の四等級の畑の下に「切畑弐町八反七畝歩」という集計が出ている。又、遠山村の御水帳には切畑一〇九筆、計壱町五反五畝拾弐歩が記載されてある。「ソリ」というのは、この切畑のことである。いや正しく言えばソリは焼畑のことである。焼畑のことを切畑、切替畑というのである。山林原野を焼いて畑とし、地力のある三〜五年間は作物を栽培し、地力が衰えると、山林や野として放置し、また焼いて畑とする。これをくりかえず形式の畑を焼畑、切畑などというのである。尤も焼畑は畝(うね)を立てず、散らしまき、切替畑は一般の畑のように畝を立てるものだという区別もあるが、焼いて作る点は同じである。極めて原始、粗放な耕作の場所である。これを「ソリ」というのは、「ソラス」という意味で、外(そ)らして休ませる。ソラして休閑に付する意味で、ソリは休んでいる土地というわけである。尤もそういうことになれば、必ずしも焼畑、切替畑でなくても、地力が薄弱であるため連作せず、年を切って耕種する地も「ソリ」に当るわけである。要するにソリ町は、もとそのような、粗放的な耕作に委ねられた土地についた地名と考えてよいわけである。将軍沢に反間という地名がある。これもソリ間である。ソリは反からタンと読み、段町などとも書く。本町にはその例はない

『嵐山町誌』(嵐山町発行、1968年8月21日)
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