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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第1節:ひと・生活

生活

臼ひき[小林博治]

「から臼をひくと目がつぶれる」といつて、親達は子供が臼ひきに手出しをするのを戒めた。子供達は自分の目がつぶれるのだと考へて石臼に神秘的な力を感じた。農家の生活は、一年中石臼と共にゴロゴロ廻つていた。六月に麦をとるとコーセンにひく、盆や彼岸には、牡丹餅の黄粉をひく。新米の宵米をひいてあんこ餅を食う。正月の餅をひく。四季を通じて、石臼は農家の食生活をひき出した。祝儀、不祝儀にも、祭やお日待にも人が集まれば必ず石臼はゴロゴロ音を立てた。
大豆をのせてグルグル廻つている臼、一廻り毎にくばる一本の手、臼の間からはき出る黄色い粉。ゴロゴロと響く単調な音。これを中心にひき手は世間話に耽ける。臼ひきは女房や娘たちにはたのしいお喋りの場であつた。
石臼はこんなに農家の生活に密着していた。それで子供と同じように親達も石臼に精霊のようなものを感じて、本当に目がつぶれると考えていたものかもしれない。子供が成長して、つぶれるのは臼の目だと分かつた頃、石臼は農村がら脱落して、納屋の隅に片付けられた。農村の生活は機械化され、簡易化されスピー ド化されて合理的になつたが、その代償に石臼に神秘性を感じるロマンチックな心情を喪失した。
(小林記) 

『菅谷村報道』90号 1958年(昭和33)6月30日
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